NHKマイルカップ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
NHKマイルカップ(えねえっちけーまいるかっぷ)とは、NHKを崇め奉るために馬を156マイル走らせる、いわゆる競馬という祭礼のひとつである。「○外ダービー」「ラキ珍馬量産レース」「無くてもいいGI」「NHK杯(GII)」などの愛称で呼ばれ、自称競馬ファンたちに親しまれている。
春の適当な時分に宗谷本線沿いで行われる。東京の春の風物詩であり、春の季語である。花言葉は「向上心」。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 馬の環とNHK杯
20世紀初頭、多摩在住の大地主はある晩、日本に跋扈する邪神のひとりであるNHKより「100年後に訪れるであろう救世主のために、然るべき舞台を用意せよ」という神託を受けたため、祭壇を築き上げ祭礼を催した。これが起源とされている。
祭礼の折、NHK神に聴衆の血肉(授身糧)を押し固めてかたどった杯を奉納していたことから、いつしかこれを「NHK杯」と呼ぶようになったと言われる。
NHK神の功徳を三千世界に伝えるためとして、祭壇内に馬を放ち、走り回らせた。このとき先頭で帰ってきた馬は「幸運珍馬」と呼ばれ、福を呼ぶとして珍重された。幸運珍馬を求める馬主は回を重ねるごとに増え、いつしか一種の興行と化していた。
[編集] 競馬として
第一次大戦中、陸軍により祭壇は接収され、それまで開催されてきた祭礼も禁止されてしまう。替わって、祭壇は軍馬養成施設へと改修され、「東京競馬場」と改称。管理を日本中央競馬会が行うこととなる。
接収された後も、信徒団体によるNHK杯開催要望の声は絶えることは無かった。復帰要望運動は度重なる弾圧の歴史でもあった。その成果、戦後まもなくに興行という形のみではあるものの、NHK杯の再開が許可された。信徒団体らは「NHK神の働きかけによるもの」と伝えている。
接収期間、東京競馬場となった祭壇では様々な改修と放置が行われてきた。場内には草が生い茂り、もはや元の祭礼ではないと嘆く声のある一方、形を変えてその存在を日本中に広められたと好意的な受け取り方もなされている。
[編集] 哩化の動乱
今日まで、日本の組織でありながら重度のイギリスオタクであった日本中央競馬会は、かの国の競走体系に憧れて番組表をそのまま模倣することで形成してきた。
しかし、ハロンだのhydeだのイッテルビウムだのといった、日本になじみの無い単位を目の当たりにした日本人は混乱し、レースの時期こそ本家に揃えたものの、距離を大きく間違えて制定してしまった。そのため、本来は1マイル(1,610メートル程度が好ましい)である「2000ギニー」の日本版は2,000メートルになってしまっている。これは天保山の標高にして約90倍という大変な誤差である。非常に由々しき事態でありながらも、今日まで是正されること無く続けられている。
そこで、本来の2000ギニーに近しい距離の競走を制定することが度々協議されてきた。しかし日本版2000ギニーは既に一種の伝統とみなされ、改変は苦しい状況にあった。そのためNHK杯に白羽の矢が立ち、「NHK杯」を生贄として、上位競走クリーチャー「NHKマイルカップ」を召喚した。
ウインガー教団の神話にはこうある。
新競走の設立に悩んだ中央競馬の偉い人は、ワラにもすがる思いで神のお告げに期待した。すると大けやきの陰からタイキシャトルが現れ、「マル外にも優しさが欲しい」と語ったという。その帰り道、通りかかった電気屋のテレビに映っていたNHKを見て決めた。
なお、設立の1996年とタイキシャトルの年齢とを考察することは禁じられている。
[編集] 救世主の降臨
NHK杯は名と姿を変えて、本来の祭礼とも完全にかけ離れて行われてきた。初めの頃はこれに異を唱える輩も少なくなかったが、次第に沈静化していった。しかし1999年頃、世界は核の炎に包まれるのではないかという終末思想に人々は囚われ、だが人類は死滅していなかったという一縷の望みをNHKマイルカップに託すようになる。
その頃になって、NHK杯がかつて持っていた祭礼としての役割が再考されるようになる。NHK杯黎明期の資料を解読・考察したのち、神託による救世主の登場が2003年の同競走であると信じられるようになり、一大ムーブメントを引き起こし、社会現象とまでなった。
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[編集] 歴史
これといって無し。但し、第8回の競走は歴史に残る名勝負として今尚語り継がれている。
[編集] 歴代優勝馬
| 回数 | 施行日 | 優勝馬 | 性齢 | 勝時計 | 優勝騎手 | 管理調教師 | 馬主 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 創世記 | 1853年の春 | 黒潮 | 禁則事項です | 禁則事項です | マシュー・ペリー | 海軍東インド艦隊 | アメリカ |
| 第1回 | 1996年の春 | 大樹幸福 | 多分4歳 | 禁則事項です | 4453先生 | 忘れた | 知らない |
| 第2回 | 1997年の春 | 真珠探求 | 恐らく4歳 | 禁則事項です | 溜め殺し | 忘れた | 知らない |
| 第3回 | 1998年の春 | コンドル・L・パサー(通称L) | 一応4歳 | 禁則事項です | てきば | ワイミーズハウス | 知らない |
| 第4回 | 1999年の春 | しょんぼり IN DAY | 4歳のはず | 禁則事項です | 2ゲッター | 忘れた | 知らない |
| 第5回 | 2000年の春 | ウイグル獄長 | 4歳? | 禁則事項です | E爺 | 忘れた | 知らない |
| 第6回 | 2001年の春 | 葦毛か白毛の馬 | 3歳なの? | 禁則事項です | 溜め殺し | 忘れた | 忘れたい |
| 第7回 | 2002年の春 | テレキネシス | 3歳だった? | 禁則事項です | 忘れた | 忘れた | 知らない |
| 第8回 | 2003年5月11日 | ウインクリューガー | 牡3 | 1:34.2 | 武幸四郎 | 松元茂樹 | (株)ウイン |
| 第9回 | 2004年の春 | ハメハメハ大王 | 牡3 | 禁則事項です | 闇金 | 馬壊し | 忘れたい |
| 第10回 | 2005年の春 | ラインたん | 牝3 | 禁則事項です | 息子 | 忘れた | 知らない |
| 第11回 | 2006年の春 | ロジック | 牡3 | 禁則事項です | 溜め殺し | 忘れた | 知らない |
| 第12回 | 2007年の春 | ピンクカメハメハ(だっけ?) | 牝3 | 9:34.3 | うちぱく | 忘れた | 忘れたい |
| 第13回 | 2008年の春 | 深空 | 牡3 | 禁則事項です | うるせーよおい | 忘れた | 知らない |
| 第14回 | 2009年の春 | かぷち~の | 牡3 | 検閲により削除 | ぽにょのおじさん | 忘れた | 知らない |
※この表で見る限り、誇り高きGI馬ウインクリューガーが最も速い勝ち時計を持っていることが分かる。
※2000年まで旧齢、2001年から新齢
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