そしてウィキペディアには誰もいなくなった
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
『そしてウィキペディアには誰もいなくなった』(そしてウィキペディアにはだれもいなくなった)とは、イギリスで成立し代々ひそかに語り継がれてきた童歌。
近未来、誰もが編集できる百科事典が登場することを予見したエスパーが、そこで起きる数々の問題を予言し、風刺したものである。 原題はTen writers、直訳すると「10人の執筆者」という意味。
なお、マザー・グースの1曲Ten Little Nigger Boys(10人のインディアン)は、これを参考に作られたものである。もともとはこの曲がマザー・グースに入っていたが、陰謀によりインディアンの曲に差し替えられている。
また、アガサ・クリスティによる推理小説『そして誰もいなくなった』は、この童歌をもとに作られたものである。
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[編集] 内容
ここでは、明治時代の文学者、神保ウェールズによる日本語訳を掲載する。神保は、イギリス・ウェールズ生まれの、日本人とイギリス人のハーフである。死後だいぶ経過しているので、著作権は問題ない[1]。なお、分かりやすいよう現代語の表記に変更している[2]。
- 10人のウィキペディアンが記事を執筆した
- ひとりが専門家気取りのベテランに叩かれて、9人になった
- 9人のウィキペディアンがおそくまで執筆していた
- ひとりが飽きて、8人になった
- 8人のウィキペディアンがアンサイクロペディアを旅していた
- ひとりがそこに残って、7人になった
- 7人のウィキペディアンが議論をしていた
- ひとりのソックパペットが割れて、6人になった
- 6人のウィキペディアンが記事にいたずらしていた
- 管理者がひとりをブロックして、5人になった
- 5人のウィキペディアンがGFDLに夢中になった
- ひとりが疲弊して、4人になった
- 4人のウィキペディアンが井戸端へ出かけた
- ひとりがソックパペットにはめられ、3人になった
- 3人のウィキペディアンが執筆コンテストをしていた
- 荒らしがひとりを抱きしめ、2人になった
- 2人のウィキペディアンが管理者に立候補した
- ひとりが叩かれて、1人になった
- 1人の管理者が後に残された
- しかしそいつが結婚すると 後には誰もいなくなった
[編集] 解説
- 1段落目は、ウィキペディアで
のみならずアンサイクロペディアでもよくみられる光景である。「Wikipedia:新規参加者を苛めないでください」などというガイドラインが言い訳程度にあるが、誰も気にしない。 - 2段落目は、初心者によくありがちな、一時期異常に熱中するが、そのうちに飽きてぱったり編集をやめてしまうさまを表している。主な原因は、荒らしや議論厨、GFDL厨に絡まれて嫌気がさすためである。しかし、ここでウィキペディアから離脱した者は幸福である。なぜなら、人生の時間を無駄に使わずにすんだからである。
- 3段落目は、アンサイクロペディアがウィキペディアよりも優れた辞典であることを示している。なお、オリジナルの詩はここで7人がアンサイクロペディアに残るとなっていたが、後世の陰謀によって書きかえられた。
- 4段落目も時々見られる光景である。議論に熱中したあげく、ソックパペットのボロを出してしまうさまは、悲惨である。
- 5段落目は、日常の出来事である。
- 6段落目のGFDLはウィキペディアの呪いである。これで数多の記事が葬られた。いまさらライセンスの移行などと騒いでいるが、遅すぎである。
- 7段落目、ソックパペットなどによる議論撹乱に貶められたと感じるときがしばしばある。ようは、ウィキペディアにおける議論は、時間を費やして粘ったもの勝ちなのである。
- 8段落目、特に記事を書く能力もないのに、やたらコンテストの運営などをしたがる厨房はたいていロクなものではない。
- 9段落目、時々管理者に到底なりえないような利用者が立候補して叩かれるさまは、見ていて
面白い見苦しいものである。 - 10段落目、結婚しても管理者は続けられるとの指摘もあろう。しかし、既婚の管理者はたいてい検閲により削除。
[編集] 派生作品
なお、ウィキペディアには誰もいなくなるという趣旨の伝承はこれだけではない。類似の寓話として『百科事典の妄想庭園』がある。
- とあるところに、庭師の管理する庭園があった。
- あるときから、イナゴが庭園を荒らすようになった。
- それを見た近所の子供達は、イナゴの駆除を始めた。
- しかし、庭園を手入れした経験のない子供達は、次第にかえって庭園を踏み荒らすようになった。
- 庭師は、子供達に出て行けと言った。
- その後、庭園はイナゴだらけになった。
これは、ウィキペディアの専門家気取りが、削除依頼に常駐する厨房を苦々しく思いつつも、かといって自分たちが転載を監視する余裕もないというジレンマを風刺したものである。
厨房を放置しても、転載を放置しても、最終的にはウィキペディアには誰もいなくなってしまうであろうとの警告を含んだ寓話である。
[編集] 脚注
- ↑ なお、神保はGFDLがクソッタレであるということが分かっていたので、「コノ作品ノ一切ノ権利ヲ放棄ス」と、パブリックドメインを明言しており、もともと著作権は問題ない。明治時代にこの発想ができたということは驚愕に値する。
- ↑ たとえば原文では、ウィキペディアンは「専門家気取リ」、アンサイクロペディアは「八百科事典」である。
[編集] 関連項目
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